沖縄の民話 「キジムナーの仕返し」

沖縄本島南部の宇江城(うえぐすく※現在の糸満市)に伝わる「キジムナーの仕返し」という民話があります。

むかし、サバムイ(鮫殿)という漁師がいました。
サバムイがある夜、海で漁をしていると、すぐ傍で同じように魚を獲っている人がいました。見たことのないその人は、それからサバムイが夜遅く漁に出るたびに、やってくるのでした。そしてその男がいる夜は、魚がよく獲れました。
そのうち二人は仲良くなって、毎日のように一緒に漁をしました。
ところが男は自分の名前も言わないし、顔も話し方も普通の人たちと違っていたので、サバムイは男が人間ではないかもしれないと思い始めました。
やがてサバムイは「あれはヤナムン(沖縄の言葉で妖怪のこと)が化けている。このままあの男と付き合うと悪いことが起こる」と考え、男の家をつきとめることにしました。

ある日漁が終わると、サバムイは男のあとをつけます。男は山の上の丘に昇っていき、大きなクワの木に吸い込まれるように姿を消したのです。
「やっぱりあいつは人間ではねえ。あのクワの木に住むキジムナーが化けていたんだ」
キジムナーとは、沖縄でいうカッパに似た妖怪で、魚とりが上手で古い木に住み着くと云われている生き物です。
サバムイは家に帰ると、男がクワの木に吸い込まれたことを妻に言い、こう頼みました。
「明日俺が漁に行ってる間に、お前は干し草やワラを用意してクワの木を燃やしてくれ」
次の夜、サバムイと男は、いつものように漁に出かけました。魚がとれはじめたとき、
「どうもおかしい。家のこげる匂いがする」と、男が言いました。

「そんなことないさ。気のせいだろうよ」とサバムイは気をそらせようとしますが、
「いや、たしかに匂う。こうしてはいられない」と男は漁をやめ、急いですぐに帰っていきました。
大きなクワの木はまっ黒に焼け落ち、その日からキジムナーの男は姿を消してしまいました。サバムイは、これで妖怪を退治したと大喜びしました。
家を失くしたキジムナーは、住処になる木を探して、宇江城より北にある国頭(くにかみ)まで消えてしまいました。
それから何年もの月日がたったある日、サバムイは首里にいる幼なじみに会いにいきました。久しぶりに友だちと会って酒をかわすうちに、サバムイは気が大きくなってきて、あの男の話やクワの木を妻に焼かせて追い出したことを上機嫌で話しました。
話を聞いていた幼なじみの友だちは、急に怖い顔になって怒り出しました。
「あんたは仲良くなった男にそんなひどいことをしたのか!男がキジムナーだったとしても、あんたにいったい何をしたというんだ!あんたは悪い男だ!」

サバムイが驚いてよく見ると、目の前にいるのは幼なじみの友だちではなく、あのキジムナーだったのです。キジムナーは持っていた小刀で、サバムイを切り付けました。
「痛い!」サバムイは血を流しながら村へ帰り、苦しみながら死んでしまいました。
沖縄のキジムナーは、ガジュマルやクワの大木を住処としています。人間に害を与えるどころか、逆に幸福をもたらしてくれる生き物でした。
しかし人間が裏切ったりひどい仕打ちをしたりしたときには、恐ろしい仕返しをするのです。
サバムイはキジムナーを妖怪と邪推して家を燃やしたことでキジムナーの仕返しにあい、命を落としてしまいました。

沖縄旅行に行くと、ガジュマルやクワの木々がそこここにあります。穏やかな自然美をみせるこの風景のどこかに、キジムナーがいるのでしょうか。

沖縄の民話 「カジマヤーの始まり」

 日本の風習に、60歳の還暦祝い、88歳の米寿のお祝いがありますが、沖縄では97歳になると行うカジマヤー(風車)のお祝いという風習があります。
この風習が出来た元と言われる民話をご紹介します。 近隣の市町村とともに2005年にうるま市に吸収合併された旧具志川市に伝わるお話です。

むかしむかし、ある所に天まで届くほどの大きな木が生えていました。 ある時、天からその木を伝って神様が地上に降りて来ました。
神様は地上にあった土で人形を六体作りました。
それに息を吹き込み、人間にするつもりでしたが、作り終わったのが夕方になってしまったので、「これは大事な人間だから、明日の朝、満ち潮の時に命を吹き込もう。」と再び天に帰っていきました。
次の日の朝、神様が降りて来ると土人形は全て壊されていました。
神様はもう一度、六体の土人形を作りましたが、作り終わったのがまた夕方になっていたので、またその人形を残したまま、天に帰りました。
三日目、再び神様が天から降りてくると、また人形は壊されていました。
神様は怒り、今度人形を作ったあと、そこにとどまりました。
誰が壊したのか見張っていると、真夜中、あたりに強い光が放たれて大地が二つに割れました。
その中から現れたのは老人でした。老人が天の神が作った六つの土人形を壊そうとしたので、天の神が大声で止めました。
「待て、勝手に私の作ったものを壊すな。」
すると老人は言いました。
「私は土の神だ。私に断りなく土でこれを作ったのはお前か。」 
天の神は土の神に詫びて、
「私は人間を作りたいのだ。すまないが百年の間、この土を私に貸してくれないだろうか。」 
と頼みこみました。
天の神は土の神から借りた土で六体の人形を作り、今度は無事朝に命を吹き込めました。
六体の土人形は六人の人間となり、やがて三組の夫婦となりました。ここから人間の世が始まったのです。

それから97年が経ち、人間は増え人の世は栄えました。天の神が喜んでいると、土の神が現れて言ったのです。「さあ約束の日だ。土を返してくれ。」天の神は驚き聞きました。
「まだ、百年経っていない。まぜ今日なのだ。」 土の神は言いました。
「3年分の閏(うるう)の月があるから、それを入れると今日がちょうど百年目だ。」
そして
「もっと上の神からのお達しなのでどうしても今日返してくれないか」 と懇願しました。
天の神は困りました。地上にはまだ多くの人間がいます。
天の神は「まだ子供や老人もいる。みんながみんな百年生きたわけではない。どうにかしてくれないか。」 と土の神に頼みます。
土の神は思案して、97年以上生きた人間に風車を持たせて生まれたばかりの赤ちゃんのフリをさせることにしました。
これでもっと偉い神様に申し訳が立つようにしたのです。
この民話から、沖縄では97歳になると老人に風車を持たせて村中を行列して歩く「カジマヤー(風車)の祝い」が始まったそうです。
生まれたばかりの赤ちゃんのフリをさせて、これからも生きられるように神様にお願いする長寿願いの行事で貴重な民俗的風習です。
あらかじめ日にちが決められた観光行事ではないので、沖縄旅行に行って見られることは少ないでしょうが、長寿の多い沖縄なら機会があるかもしれませんね。